種子
 あと1ヵ月程で今年も終わります。
 植物を扱っていると、四季の様々な事がよく分かりますよね。
 暑く長かった夏から、「秋が来るのかしら?」と思っていたら、短い秋が過ぎ、初冬がやってきました。
 この半年、植替えのタイミングを外したり、剪定しても芽が吹いたり、急に枯れてしまったりと苦労が多かったのではないでしょうか。
 これからは寒い冬を迎える準備に入りましょう。

 私にとって冬の準備として植替えはもちろんの事、芝生の種まきが季節の変わり目になっています。
 11月の上・中旬に種を蒔き、発芽させ、冬の間も芝生を緑にしておきます。
 通常、公園や私有地で芝を張る場合、高麗芝等を用い冬の間は茶色になる姿が一般的ですが、一年を通して緑の芝生が好まれる場所もあり、今年もやっとその作業が終わったところです。
 今回は「種子(種)」について少しお話しましょう。
 「種子」と言うと馴染みの少ないものかもしれません。実際に私達も花、野菜等を植付ける際、「苗」を購入し使用しています。
よほど「これ」という理由がない限りは種を蒔くという事をしなくなりました。
 
 種子とは繁殖に利用される「生きた植物」という特殊なものです。
 「種」の起源は(植物の種子を形成したもの)古生代末期のシダ植物と言われています。葉の表面に種子を並べた姿で化石が発見されています。
 種子は、発芽が阻害されている状態(休眠状態)では好条件に置いても発芽しませんが、休眠状態が解除されると、種がエネルギーを吸収、種子の中の植物体が成長し種皮を破り地上に葉を現し「発芽」します。
(どのような条件で休眠が解除され発芽が始るかは、植物によって異なります)
 種子は植物が発芽するため栄養分を蓄えています。
 動物にとっては一番の食料となり、私達の生活の中でも主食の米はイネ科の種子を精米して食べていますよね。
前年のイネから良い穂を採取し、今年の種子としてイネの苗を作るわけです。
水分を含ませ軽く発芽させた状態
水分を含ませ軽く発芽させた状態
発芽後10cm程度のイネ苗
発芽後10cm程度のイネ苗
 以前、「どんぐり」をご紹介した際にも説明をしましたが、植物の種子は基本的には移動能力がありません。
 どんぐりの場合は、動物が餌として土の中へ保存したものが、食べ忘れられ、発芽する事が殆どです。
 自然界において、植物は発芽した場所で一生を過ごす事になります。
ただし、その周囲に種子を落とすだけでは全てが育つわけではありません。
種子は出来る限り遠くへ運ばれていかなくてはなりません。
そのため、植物は何かに頼って種子を運ぶ方法を発達させてきました。
 まずは、「風」による方法です。
 よく目にするのが、キク科のタンポポ。花の後、綿毛につつまれた綿帽子を見かけたことがあると思います。
 子供の頃、息を吹きかけて綿毛を飛ばした経験もあるのではありませんか?
 雨の日は、水分を含み種子が重くなるので、決して飛んでいきませんが、晴れた乾燥した日は綿毛を伸ばし、風と共に空中へ舞います。
 伸びた綿毛は落下傘のような役目をもち、出来るだけ遠くへと飛んでいきます。
ススキの種子
ススキの種子
マツの種子
マツの種子
モミジの種子
モミジの種子
 ススキはタンポポと同じように飛んでいきます。
 マツはマツカサの中に、羽の付いたような姿で種を作ります。通常はマツカサが閉じているので、中々見る事はできませんが、マツカサが乾燥して開いた時に確認できます。
 種子の一部に羽が生えたように薄い膜で覆われていて、風が吹くとクルクルと回転し、モミジも同じタイプです。2本のプロペラで回転しながら少しでも遠くへと飛んでいきます。

 次は「海流」による方法です。
 海岸性の植物に見られます。通常植物は海水が害になるので塩分に耐えられる事が前提です。
 よく知られている植物ではマングローブが有名です。生息域として西表島です。 胎生種子といい、種子には子供の植物体が入っていて受精卵が植物の形になるまで栄養補給をして育てる。という事です。
 マングローブの枝先から種子が伸び、親から栄養をもらいながら育ちます。
 先端部(根の先)に新しい新芽がでた時点で抜け落ち海水に漂います。
 その後、土のある場所まで流され根をはり生育を始めます。

 同じ中間にハマユウやココヤシがあります。
 ハマユウは海岸沿いや公園などでも見る事はありますが、海水でも淡水でも生育可能な植物です。やはり胎生植物で、花後受粉が成立すると子房が肥大し球形の果実を作ります。
←球形の果実の様子
 熟すと果実が割れ、丸くコルク質の厚い種皮に覆われた種子を落とします。
 海岸沿いで生育し(自然状態の場合)、種子は海水を漂流し、砂地の浜辺などで根づきます。
 ココヤシは、島崎藤村の詩にもあるよう、
 〜名も知らぬ遠き島より 流れ寄る椰子の実一つ〜 
 たどり着いた海岸で根を下ろします。
 よく知られているのは「動物」による方法です。
 幾つかの方法があります。
 ・最初に述べたドングリタイプです。
 種子を集めて貯蔵する動物の食べ残し(忘れてしまったもの)です。
 ・哺乳類や鳥類タイプです。
 動物などに実を食べさせ、中の種子を丸呑みさせ糞として排泄し、その場所で発芽するのです。 実は糖分や脂肪分を多く含み、その中の種子は小さく、硬くて壊れにくいようになっています。
 
←ナンキンハゼの実です。
 鳩などが来て、白い実の表皮を口ばしでむき、中身を食べていました。
 ・種子に餌をつけるタイプです。
 スミレ類やカタクリ類などに見られるのが、種子に脂肪分の多く含む肉質をもち、アリなどの餌として運ばせます。
 
←カタクリの種子を運ぶアリ
 種子の表面にエライオソームという物資が付着していて、アリが食料として運びます。
 ・最後は、動物の体に引っ付き移動、また自発的に飛ばすタイプです。
 種子の一部が粘着物を出したり、毛で覆われていて付着します。
 山や野原で遊んだ後など、洋服に大豆程度の大きさの棘のある実が付いていた事がありませんか? 「ひっつき虫」等と呼ばれ、取り除くのに苦労した記憶があります。 動物などに運ばせるので、樹木のような大きい植物ではなく人間の腰高くらいの草類に多いようです。
 自発的なのは、ホウセンカのように刺激が加わるとはじけるものです。
「ひっつき虫」:オナモミ
「ひっつき虫」:オナモミ
 
タコマ市のアメリカフウ
ホウセンカの種子(弾ける前)
       写真:一部植物図鑑より参照
 これらの方法で、種子は出来る限り遠くへ運ばれるのです。
 自然界において、運ばれてから全ての種子がすぐ発芽するのではなく、発芽せず残る物もあると言われています。
 生育する為に良い条件下なのかは定かではないので、全ての種子が絶命する事を回避しているのだそうです。
 私達が扱う、苗や農作物の種子は効率よく、全てが発芽できるよう品種改良が施されています。
 よって、時期や気温等の条件が満たされれば、ほぼ全てが発芽するようになっているわけです。
 様々なタイプの「種子」。とても面白いですよね!
 
 自然界は別として、園芸種の場合は、種を蒔き、苗になるまで・・・様々なプロセスを経て、人為的に生育させていきます。
 手間や時間、そのうえ場所まで必要とします。
 学生の頃、実習で種まき後のポット上げ作業は好きにはなれませんでした。(種の大きさにもよりますが、発芽の量が多かったので)
 発芽後、1cm程度になった小さな苗をほぐしながら、ピンセットで根を切らないようポットへ植付けていきます。気の遠くなる作業です。
 その後はポットの中で充分な大きさになるまで育てます。
種(サルビア)→播種後:発芽状態→苗の状態
 「種を蒔き育てるか」「苗を購入するか」は、用途に応じて判断しましょうね。
 
 芝生の種まきが終わって約2週間、少し発芽してきました。
 全体に(少しまばら)緑が見えている所が発芽している部分です。
 (下地は高麗芝、その上に洋芝の種を蒔き、覆土しています)
 芝は柔らかく、踏むと足跡が残る感じですが、根が充分に張ってきたら軽く芝刈りをします。(発芽後施肥をします)
 その後は冬の寒さもあってグングン伸びるわけではありません。
「緑」が残った状態で春まで保ちます。
 冬に入る前の「気がかり」な作業は「発芽」が進み一段落。
 残すは、花等の植替えだけです。

 一年を振り返り、天候には「私達にはどうしようも出来ない」時がある事を実感しました。
 春先から初夏のような暑さが続き梅雨時期の雨の多さ、日照不足、その後の高温。
これから毎年経験するのかもしれませんね。
 冬の間に来春からの植物の選択、植替え時期のタイミング、管理の仕方を充分に検討していきたいと思います。
 歳の瀬も迫り、慌しい1ヶ月です。
 今年1年の反省と新しい1年を迎えるための準備をしなくてはいけませんね。
 良い年をお迎えください。

御園 和穂

(10/12/01掲載)

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