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花のコーナー 2016年04月

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花のコーナー

御園 和穂##

2016年4月 サクラ

 今年は1月下旬に「大雪と低温」に遭いました。2月は急に気温が上がったり下がったり、雨も激しく降りました。3月は平年より気温が高かったようで桜の開花が少し早まりました。
 毎年、気候が少しずつ変化しているようですが、植物はその時の気候に合わせてゆっくりと生長し開花します。
 これから水の管理や花柄摘みと忙しい季節が到来しますが、1年で一番華やかな瞬間でもあります。楽しみながら作業を進めましょう。

 春と言えば、やはり「サクラ」でしょう。
 以前にも紹介しましたが(2008年5月掲載「サクラ」)、今回も「サクラ」を紹介したいと思います。

 サクラは日本人にとって一番馴染みの深い花木で、特に「ソメイヨシノ」は誰もが周知の花木だと思います。
 日本には江戸時代までに栽培品種として300種程度、現在でも600種を超えるサクラがあります。世界中で観賞されているサクラの殆どが日本で作られたものです。日本のサクラは分類(科・属・亜属)、亜節(群)として9群のグループに分けられています。
 今回紹介するサクラは、9群の中の1群「カンヒザクラ群」の中の三種類です。


カワヅサクラ(河津桜)
学名:cerasus × kanzakura ‘kawazu-sakura’

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 ヒカンザクラとオオシマサクラの※種間自然交雑種と言われています。カワヅザクラの原木は、河津町田中の飯田勝美さんが昭和30年に河津川沿いの雑草の中で芽吹いている苗を発見し、自宅の庭に移植しました(現在もこの地に存在)。昭和41年から開花が確認され1月下旬から約1ヶ月に渡り咲き続けるサクラに話題が集まりました。昭和43年から増殖をはじめ、県有用植物園は、農業改良普及所、林業事務所、河津町とで、この特徴あるサクラを調査し、原木のある河津町の名前を取り、昭和49年にカワヅサクラ(河津桜)と命名され、昭和50年には河津町の木に指定されたそうです。

(河津町観光協会HPより参照)

※種間交雑種とは・・・同じ種類の属と異なる種との交雑で生まれた子孫。

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 花は中輪、一重咲きの紅紫色で、1月下旬から開花。
 カワヅサクラは、ソメイヨシノのようにパッと咲いて1週間から10日前後で葉桜になるタイプとは異なり、早咲きで約1ヶ月近く咲き続けます。ただし、開花の予想が立てにくく、お正月から開花する年があったり、2月に入ってからの開花だったりと天候に大きく左右されるようです。
 ニュースで、今年のカワヅサクラは例年より1週間早く開花したという、リポートを目にしました。川沿いに約800本のカワヅサクラが植樹されており、上空からの映像では帯状のピンク色が見事でした。
 一度、川沿いを歩きながら見てみたいと思います。
 今でこそ、あちらこちらで見る事が出来るようになりましたが、北九州市に植樹されたのは白野江植物公園が最初だったと聞いています。
 今年2月下旬に白野江植物公園へ行った時、ちょうど咲き始めていました。
 蕾はヒカンサクラに似ていて濃いピンク色のティアドロップ型、一重の直径2~3cm程の大きさの花を咲かせ、花後に葉が出ます。その後果実ができ、実は球形で1cm前後の大きさ、黒く熟すと甘みがあります。
 色合いは濃いピンクと派手ですが、花が一重なので重く感じません。2月のまだまだ冷え込みのあるときに『もうじき春』を運んでくれるような一足早いサクラです。


次は、
ヨウコウサクラ(陽光桜) 
学名:Cerasus ‘Yoko’ (Prunus ‘Youkou-zakura’)

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 アマギヨシノ(里桜)とカンヒサクラを交配して作られた栽培品種です。
 ヨウコウサクラは、栽培新種として世の中に出るまでにこんなお話があります。
 作出者は高岡正明さんという方で、『戦没者の鎮魂』をこめて作り上げられた桜です。
 第二次世界大戦中に青年学校農業科の教員であった高岡さんは、戦地に向かう教え子達へ『お国のために戦ってこい、またこの桜の下で会おう』と見送りました。結果は敗戦。敗戦後、死地へ教え子を送り出したという自責の念に苦しんだ高岡さんは、死んでいった教え子の慰霊と戦争を二度と繰り返してはならないと願い、教え子たちが戦死した極寒のシベリアから亜熱帯のジャワまで世界各地の気候に合う新種の桜を作る事を決心し、私財を投げ打って約30年の年月試行錯誤し、※寒さにも暑さにも強い品種「ヨウコウ(陽光)」を作り出しました。
※寒さにも暑さにも強い品種:零下30度から摂氏30度下の生育環境でも開花する。また、「陽光」は桜の種苗登録第1号(新品種)となった。
 高岡さんは平和を願って無償で国内外に5万本以上のヨウコウサクラを届け、高岡さんが亡くなった後も家族やNPO法人(日本さくら交流会)が遺志を引き継ぎ、今では世界約20カ国と地域で3万本のヨウコウサクラが開花しているそうです。 (愛媛新聞連載平和の使者・陽光より引用)

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 昨年、終戦70年を迎えるにあたり、平和のシンボル「陽光」を生み出した愛媛県東温市出身の故高岡さんの半生を描いた映画が上映されました。
 地域の高校生が「陽光」が生まれた背景を学んだ事を契機に、一昨年から東日本大震災の被災地などに苗木のプレゼントを続けているそうです。
 ソメイヨシノに先駆けて開花し、花の色は濃いピンク(濃紅紫色)、一つの花が大きいのが特徴です。花びらは大きく切れ込みがあり、花びらには脈があります。
 一重咲きで、カンヒサクラの濃いピンクを受け継いでいるようです。
 別名「ベニヨシノ(紅吉野)」とも呼ばれているそうです。開花は3月の中旬から4月の上旬。
 写真のヨウコウサクラは3月20日お彼岸の中日に小倉北区の三萩野公園で咲き始めていたものを撮影しました。

 蕾は大きく膨らみ、気温が上げってくると一斉に開花しそうな勢いでした。皆さんがこれを読んでくださる頃は満開から終わりがけ頃になっている事でしょう。
 ヨウコウサクラは「反戦への願いと鎮魂」が込められ生み出された素晴らしい桜です。これからも植樹され続けていくのでしょう。
 ところで、北九州市にも同じように平和を願って植樹されている桜があるのをご存知ですか。長崎原爆で犠牲になった女学生 林 嘉代子さんを偲ぶ「嘉代子桜・親子桜」です。
 昭和20年8月9日、長崎市に投下された原爆によって、町は壊滅的な被害を受け、数万人の方が亡くなられました。
 原爆投下時、林 嘉代子さんは爆心地の近くの城山小学校で学徒報国隊員の一員として就労し、多くの女学生と共に亡くなりました。
 戦後、嘉代子さんのお母様の津恵さんが「娘や一緒に亡くなった女学生の慰霊と平和への願い」を込めて、城山小学校に50本のソメイヨシノの苗木を植え、「嘉代子桜」として育てられ、現在でも50本の内6本が毎年春に花を咲かせているそうです。
 長崎市に投下された原爆は、当初旧小倉市にあった小倉陸軍造兵廠(小倉にあった兵器工場)を目標としていましたが、当日の上空の視界不良のため次の目標の長崎市に投下されました。

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 この事から、北九州市は平和への願いを込めて「嘉代子桜」に由来する「嘉代子桜・親子桜」と名づけて北九州市内の小中学校や公園に植樹をしています。
 これらの「桜」は、「反戦や鎮魂、原爆の恐ろしさを風化させないよう、また争いや紛争のない世の中」を願って様々な思いを背負って植樹されています。
 小中学校や公園のどこかで見かける事があると思います。是非、桜を見ながら二度とこのような悲劇が起きないよう心の中で祈ってください。

最後は、
ケイオウサクラ(啓翁桜)
学名:Cerasus ‘Keio-zakura’ 

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 ケイオウサクラは、全国に複数系統があり品種に関してはっきりしていません。
 誕生の流れは昭和5年に福岡県久留米市の良永啓太郎氏がシナミザクラを台木にコヒガンザクラを接いだところ、接木変異で生まれた品種とされ、久留米の花卉研究家の弥永太郎氏が作出者の名を取って「啓翁桜」(敬翁桜との説もある)と命名されたようです。
 また、兵庫県の農園で「敬翁桜」の実生選抜したものから誕生したサクラを、昭和20年代に「敬翁桜」、「岳南桜」、「東海桜」等の名称で販売され、混乱が生じたようですが、定かではありません。
 また、関西では「敬翁桜」が「啓翁桜」の栽培品種として広まったとも記録にありますが、実際に久留米の桜と同一であるかは分かっていません。

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 ケイオウサクラは切花用の桜として知られています。
 枝の伸びがとてもよく、切り込んでも樹勢が衰えません。
 その特徴を活かして昭和40年代に入り山形県が促成栽培に取り組みました。現在では全国一の出荷量を占めています。
 通常の開花は3月下旬から4月にかけてです。
 ソメイヨシノの花よりやや小ぶりで、色合いも薄いピンクです。
 樹形は他の桜のように上に伸びながら横へ広がるタイプではなく、直立型で地面から小枝をスッと伸ばす姿です。
 ケイオウサクラの特性をご存じで、切花として楽しまれている方も多いと思います。
 このサクラは植え付けをして数年は露地栽培で枝ぶりが充分になるまで育てます。
 サクラは秋になって気温が下がり始めると休眠期に入り、一定の低温にさらされると開花準備が整う特徴があります。
 出荷可能になったケイオウサクラは5月くらいから施肥や水遣り、消毒など丁寧な栽培管理を行い、その後早い秋の訪れとともに最後の仕上げに入ります。

 寒い地域のように早い秋の訪れは、枝が十分に伸びきれないうちに休眠期に入るため花芽と花芽の間が詰まり、開花した時に花房がまとまりボリュウム感がでます。また、北部九州での露地栽培されるケイオウサクラ(写真参照)は薄いピンク色ですが、寒い地域での促成栽培は低い気温の関係で、濃いピンク色の花を咲かせます。
 12月に入ると、長さ1m程度に枝を切り束にしてハウスへ入れます。さらに低温に合わせ、その後加温する事で芽吹かせます。サクラは「春が来た」と思い、蕾が膨らみ始めます。
 お正月用やお祝い、卒業や入学、入社などの式典のアレンジメントやプレゼント用が主流です。
 栽培温室内の温度は日中の温度20℃前後、夜間を10℃前後で調整し、冬時期は20日間程で、3月に入ると2週間くらいで出荷可能な状態になるそうです。
 出荷は蕾の状態で梱包されます。お手元に届いて少しずつ開花するよう考慮されています。植物は環境の変化に敏感で、場合によっては蕾を落としてしまったり、開花しなかったりとデリケートです。しかし、生産者の努力によって綺麗なサクラを楽しめるようなりました。
 手元に届いて長く楽しむには、床の間や玄関のような、暖房やヒーターの入っていない涼しい場所に飾ると1ヶ月近くは楽しめます。
 花が咲いたら終了ではなく、葉が出てきます。
 葉が全体に茂る姿も美しいですよ。サクラは全般に落葉時の紅葉も綺麗な花木の一つです。
 切花用の枝は水挿しで発根する事があります。本来、サクラは挿し木で増やしていきます。適期は3月です。
 挿し木難易度は高く難しいタイプですが、プレゼントなどされた枝があれば挿してみては如何でしょうか?

 今回は3種類のサクラを紹介しました。
 花見は「ソメイヨシノが一番」と思い込んでましたが、その前後にも開花するサクラを探して楽しむのも素敵ですし、植樹されているサクラの意味や背景を理解していると少し見方も変わるようです。

 最後にもう一つ。
 私達が大好きな「ソメイヨシノ」の寿命は約60年と言われています。戦後70年、終戦後から植樹されてきたサクラ類の樹勢は少しずつ衰えてきているように思えてなりません。
 サクラ類をはじめ、樹木は私達がつくる環境に大きく影響されます。
 ソメイヨシノは挿し木のみで生育を続けてきたクローン(遺伝的に均質なこと)です。クローンである以上、隣同士(並木など)で育った場合、互いに枝が侵長し合っても「自分の枝」としての認識で受け入れ、枝同士が絡んでしまいます。そこで、日照不足などから枯れ枝が多く発生したり、折れた枝から腐朽菌が入って枯れてしまったり樹勢が衰えてしまいます。寿命を短くするのも人間、長くするのも人間です。
 サクラに限らず、樹木は「植えっぱなし」ではなく、その樹木の性質や環境を理解し、みんなで観察をしながら思いやりをもって育てていく必要があるのではないでしょうか。
 今年から少し意識してみては如何でしょうか!

 新しい年度がスタート。慌しい毎日が始まります。些細な事で気が沈んでしまったら、サクラや周辺の木々を眺めて大きく深呼吸を一つ。
 気持ちが落ち着くと思いますよ。お試しあれ!

北九州市の桜の名所や開花情報は市のホームページでご覧いただけます(←クリックすると別ウインドウで北九州市のホームページが開きます)

 (16/03/29掲載) 

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